ふぐ(河豚) この名前の由来には、昔いくつかの説があり 『ふく』とも呼ばれていました。
平安時代には「 布久(ふく) 」「 布久閉(ふくべ) 」と呼ばれ 江戸時代中頃から全国で「 河豚(ふぐ) 」と呼ばれるようになりました。その他にも色々と呼び名説があります。現在でも 下関では、「ふく」と呼ばれてます。漢字で「河豚」と書く由来は、海よりも河に生息するフグが親しまれていたことや膨れた姿が豚に似ていることと、釣り上げた時の音が豚の鳴き声に似ている事などで『河豚』が使われるようになったとされています。日本でふぐは、縄文時代から食べられていましたが、豊臣秀吉の治世に、ふぐ毒により 河豚食禁止令が出されたと言われています。その後、初代内閣総理大臣(伊藤博文公)が下関に訪問された時に宿泊所で禁制だったふぐを出され 出されたふぐを食べた伊藤博文公は、感嘆し、明治21年(1888年)に山口県令(知事)に働きかけて ふぐ食が、解禁されました。
下関では、大っぴらにふぐを食べれるようになって130年以上が経ちます。その後、ふぐ料理は全国に広がりました。